タイとアジアのこの国で。 ~タイ語ニュース編~

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その国の国民性。

数日前、NHKプレミアムのCOOL Japanで日本の部活が取り上げられていて
外国人出演者の方が
”日本は何でも真面目になりすぎる。
私の国でも部活動はあるけど、いろいろなクラブに所属できて気楽な気持ちで楽しめる。
日本は何でもひとつに決めて厳しくやらないと気がすまないのよ”
と言っていた。

そーだねぇ、確かにそうだ!

性格やキャラクターは家庭や育った環境の影響によって作られていくんだなぁ、
とは前から思っていたけど、
海外で暮らすようになって
その国全体の”国民性”は”その国の教育方針”が大きく影響しているんじゃないかと思うようになった。

もちろん、世界にはまだまだ”教育”自体が”誰でも受けられる権利”として確立されていない国も多いし
一概に決め付けるのは危険だけれど。

わたしが言いたいのは”教育を受けているから素晴らしい”とか”頭がいい”とかいうことじゃなくて
その国の教育方針というのはその国の考えが詰まっているものであるんだろうな、ってこと。

例えば、だけど、内戦や戦争というのは未だに世界のどこかで起こっている。
そんなに簡単なことではないけど、シンプルな言葉でもしも言ってしまうとすれば
国として”教育が第一”という方針ならば、権力を争うことはしないと思う。
(ほんと、そんなに簡単な話じゃないから難しいんですけどね)


少なくとも、わたしはタイで日本語教師として教育現場を見たことがあるので
タイと日本の教育の違い、それによる社会、また個としてのキャラクターの違い、というものが
どんなものか、って常に考えてきた。


今日は自分のためにもここにそのことを書いてみようと思う。


わたしがいつも思うのは、”長所と短所は同じ”ということ。
あるサイトに”恋愛熱がつくとき、冷めるとき”ってのがあって

○優しい   ●優柔不断
○マメ    ●しつこい
○男らしい  ●気が利かない

などなど。
同じ事柄でも見方や状況によって違くなるのよね。

まず、そのことを頭において。

いいものが必ずしもいいとは限らない。
悪いものが必ずしも悪いとは限らない。

大事なのは、自分の信念や考え、目的に合っているかどうか。だと思う。


人間って”いつも目の前にある”ことが”当たり前、スタンダード”と思ってしまう。

でも海外に出て、本当に心から思うのは”日本の教育って本当に素晴らしい”ということ。
当たり前に受けてきた教育。当たり前じゃないんだ、ほんと素晴らしい!

日本の教育は”考えて、さらに応用する”というところまで能力を引き出せるように組立てられている。
そのような教育を受けた人たちが、社会に出て”社会”を作っていく。
そしてそれを受けて、また新たなジェネレーションの人たちが、学び、社会へと出ていく。


だから国柄、文化というのは一代で築かれるものではなくて、長年の歴史の中で作られていく。


いろいろなレベルの学校があるので一概には言えないけれど、わたしが赴任した学校は
ある意味で”とってもタイ”な学校だった。

生徒は授業に来ない
それを主任の先生に言っても”マイペンライ”
”全員パスさせてあげてね”と頼まれる

ナドナド


そして、考えればわかることも全部1から10までその都度教えてあげるんですよね。
ある意味、親切。
ある意味、自分で考える機会が減ってしまう。


タイで働いている日本人がよく言うのは
”毎回1から10まで説明しないとわかってもらえない”と。

それは個人の問題じゃなくてそういう教育を受けているからなんだ、と思ったんだ。
(もちろん個人の問題である場合もあるだろうけどね)

でもどちらがいいとか悪いとか言えない。

国それぞれの個性があるからこそ、楽しいし外国に行く意味があると思うんだ。

ゆる~い環境だからこそ、ゆる~い人柄になれるわけで
日本でタイ人や南国の人たちのようなマイペンライ精神は生まれない。
ってか日本でマイペンライとか言ってたらやばいしね 笑

でもその代わり、タイ人は楽しむことに関しては世界でもトップクラスだと思う。


そして日本には厳しさの中で”学び考える”という文化がある。
日本人は何か失敗したら、厳しく指摘される。
だから”同じ間違いは二度としないようにしなくちゃ”という気持ちが強くなるんだと思う。

そこから”反省し、何が悪かったか分析し、問題点を見つけ、改善点を考える”という思考回路が働く。

これってかなりすごいこと!
だから、日本は世界中から賞賛されるような素晴らしいものを次々に生み出せるんだろうなぁと思う。

タイでは会社やプライベートで何か不具合・問題があった時
”何が悪かったか?”を相手に聞いたりして、改善策を一緒に考えようという姿勢を見せていたが
”過去の悪かったことをグチグチ言ってもしょうがない”と言われたことがある。

”違う違う、同じ過ちを繰り返さないために、
どうやったらもっと良くなるか、もっといい方法はないか、って考えるんだよ!”
って言っても、今までそういったことをしてこなかったから、いくらそのことを説明しても
相手は”怒られている”としか思えないみたい。タイ人、怒られることに慣れてないもんね。
ただただ、メンドクセエ、無意味、としか思えないみたいだった。

でも、これもどちらがいいかなんて言えないよね。

生死に関わる問題じゃないんだから深く考えなくってもいいじゃん。
サバーイ(気楽)に過ごしたほうが楽しいじゃん。
っていうのも、もちろん正論。


そんなサバーイな国で居心地がいいからこそ、観光客がリラックスを求めてタイにやってくるんだしね。


国も人も、個性があっていいのです。
そうじゃないとつまらないもの。


そんなわけで(どんなわけ)
国民性というのは
教育の在り方に少なからず影響を受けているのではないかとわたしは思っています。



ある人が”Japan is a homogenious Contry”と言っていた。
homogeniousという単語を調べたら”一様の、均質の、同質の”という意味だった。

均質、同質になるのは、
”こうであるべき”という考えが敷かれている、ある一定レベルの教育をみんなが受けているから
その枠の中にだいたいの人が入るんじゃないのかな。
個々の考えや個性はあっても、大元は同じところを見ているんじゃないかと。


”郷に入れば郷に従え”とはうまいこと言ったもんだ。それって大事だよねー


日本だってどこだって長所と短所はある。だから短所を口にしてもいいと思うけど
その国のことを批判ばかりしている人はなんだかツライよね。
(自分で選んできたわけではない駐在の方は大変だ!)

いい面ばかりをみるのもいいけど、悪い面もちゃんとみて、それでも”好き”と言える方がいいなぁ。
そういう方が、”好き”としても強いと思うし。それは、国だけじゃなくて人に対しても。

わたしはタイのいろんなこと、あんなことこんなこと含めて好きですよ!
私から見てタイ、タイ人の”短所”と思われる部分に対しても
”そういうものなのだ”という事実として受け入れるというか。
まぁ、わたしが外国人で住まわせてもらっているわけだしね。


”自分の信念や目的”にあっているか、というのは最終的にYESかNOで決めて行かないといけない。

ということで。
”タイは仕事する場所じゃなくて、旅行で行くところかな” (^_^; と今は思うかなぁ あはは
いやー、やっぱりサバーイで仕事されるとこちらがサバーイじゃなくなっちゃうものねヽ(´Д`;)ノ 

また将来的にどうなるかはわからないけどね~
考えもどんどん変わっていくのが人生だしね♫

逆に今住んでいるこの国は、国としては一度も惹かれたことがなかったけど
(住むことになって初めて来た (^_^;)
仕事をするにはかなりいいんじゃないか、とは思う。
人生って奥が深いなぁ(どんな〆?)



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